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vol.04 冬の阿寒の森

 

 

私が初めて津軽海峡を青函連絡船で渡ったのはもう四〇年も前のことであるが、

コトコトと北海道の大地を走りだした汽車の窓から、少しずつ明るくなってくる

北国の森林を見たときの感動を今も忘れない。

モコモコとまるく波打つような照葉樹林が山を覆う東海地方に育った私の目には、

真っすぐに伸び、シンメトリックなシルエットを持つ針葉樹で構成された森林が

新鮮に映り、とても美しかった。

その後、信州から阿寒の森の近くに移り住むことになったが、

この初めての北海道の森林に対する印象は、今もほとんど変わっていない。

旅人の目ではなく、時間をかけて親しくふれることによって見えてくる世界も

たくさんあるが、最初の強烈な印象は後々まで尾をひくものだ。

北海道の森林は、温帯から寒帯に移行する気候帯に位置していることから、

針広混交林といわれる両方の特徴をもつ森林となっている。

しかし広い北海道では、道南では冷温帯系のブナ林などがあって温帯林の特徴が強いが、

北上するにしたがい寒帯性の針葉樹が優先してくる。

阿寒まで来ると、エゾマツやアカエゾマツの美しい純林が目についてくる。

雄阿寒岳の西斜面に広がる黒々とした森は、

アラスカやシベリアでみられる北方針葉樹林(タイガ)を思わせる。

広い北海道の森林は、この一〇〇年ほどの間にすっかり伐り尽くされてしまったが、

幸い特別の保護を受けた国立公園などにわずかに残された。

ゆったりと伸びやかな大地を豊かな針葉樹林が覆う阿寒の森は、

珍しくも北海道の太古の面影を今も色濃く残している。

冬の北海道の冷え込みは厳しいが、その中でも一月から二月の阿寒を中心とした道東は、

朝の最低気温が連日マイナス三〇度を割るような激しいものだ。

森林限界を越えた山は眩しく白く輝き、凍結した湖は真っ白い雪原となる。

活火山である雄阿寒岳からは激しく噴煙が昇り、

ペンケ、パンケなどの大小の白い湖を結ぶ川はキラキラと銀色に光る糸のようだ。

エゾシカやエゾリスなどは雪の森の中で活発に動き回っているが、

空から見るかぎり、森林は音もなく深い眠りに入ったようだ。

晴れた日の白い森は神秘的なまでに静かで美しいが、

北風が吹く日はゴウゴウと山鳴りがして雪が乱舞し、

厳しく激しい阿修羅のような恐ろしい姿となる。

そんな冬の阿寒の森林が私は好きだ。

天に向かって真っすぐに立つ針葉樹は凛々しく美しい。

-中央公論 1997年12月号-

 


 

  カンチェンジュンガ山麓のシャクナゲ
  冬の阿寒の森
  アマゾンの熱帯雨林保護区にて
  ギアナ高地 エンゼルフォール
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